【講義ノート】「身体と意識」2019/12/13

前回から始めた心身問題の思想史は、西洋近代思想の始まりともいえるデカルトの二元論まで論じたが(→「心物問題の思想史」)今回は、その後の西欧における物質科学の発展と唯物論的世界観について概観したい。

世界は物質からできているという唯物論的な思想は、すでにデモクリトスの原子論など、ソクラテス以前のギリシアで体系化が始まった。ヒポクラテスは脳から精神が発生しているという説を唱えたが、西欧近代においてはデカルト心身二元論が脳という物質の科学的研究を準備した。その後、近代化学の原子論に基礎を置く脳神経科学が急速な進歩を遂げた。

もっとも、抽象的な思想史を詳細に検討するのはこの講義の目的ではないので、とくに物質としての脳のはたらきがどのように理解されるようになったか、そして以前も心物問題を考える上で顕著な事例としてとりあげた臨死体験が、近現代の脳神経科学ではどのように理解されるかについて、すでに見たような古代の宗教的解釈と比較しながら論じたい(→「他界への旅 −アマゾンのシャーマニズムと臨死体験−」「聖なる狂気 −沖縄シャーマンの巫病は「精神病」か?−」『彼岸の時間』)

近現代の脳神経科学では、臨死体験などの神秘体験と同様の体験が脳への電気刺激や精神展開薬の服用(→「精神展開薬」)によっても引き起こされることを明らかにし(→「ケタミンとDMT」)、さらに、それが生殖行為にともなう報酬系から派生して進化してきたという理論(→「変性意識体験と性的欲動」)も提唱されている。当事者には超越的な体験として知覚される現象も、進化の過程で発達してきた脳の働きによって説明できる、というパラダイムであるが、ただし、主観的な経験と脳という物質のはたらきが対応していたとしても、主観的な経験が脳という物質に還元されることにはならない、ということは確認しておく必要がある。



2019/12/19 JST 作成
2019/12/20 JST 最終更新
蛭川立