【講義ノート】「人類学A」2020/07/20

春学期人類学Aの授業も残すところあと二回となりました。しかし、前回はリンクを張った教材が多すぎたようで、今週も先週の講義ノート(→「【講義ノート】「人類学A」2020/07/13」)をもとに議論を進めていきたいと思います。

おおよその流れをふり返りますと、まず、「生物の系統分類と人間の位置」と「サル目(霊長類)の系統分類」は、なるほど、すべての地球生命は四十億年前の共通祖先から進化してきたのか、そして人間(ヒト)もまた地球上に何百万種類もいる生物の一種なのか、と、ザッと見てもらった後で「人類の進化と大脳化」を読んでください。

先週と重複しますが、人間が他の生物と違うところは、言語を持ち、道具をつくり、社会を発展させてきたことでもあるのですが、同時に、芸術や宗教といった、生物として生きていくという目的を超えた精神文化を持つということでもあります。そのことは「化石人類の物質文化と精神文化」に書いています。

先史時代の美術作品として、洞窟壁画をとりあげましたが、何万年も前から伝わる原始美術と最先端の現代美術を独自の様式で発展させてきた「オーストラリアの先住民族と現代美術」をとりあげ、そこで日本の草間彌生さんやGOMAさんの現代美術を取り上げました。さらに「精神疾患と創造性」、つまり、いわゆる狂気と天才は紙一重なのか、という話題をとりあげます。精神病というのは脳の病気で、遺伝的な要因が強い、というと、どこか差別的なニュアンスがあるかもしれませんが、脳の表層的な部分が振り切れてしまうと、脳の深層に沈んでいた原始的な創造性が噴出してくることがある、という見方もできます。

当初の講義計画で7月13日〜20日に扱う予定だった部分についても簡単に触れておきます。宗教性と精神疾患という問題です。芸術は近代社会においてはさほど変わったものだとは考えられていませんが、シャーマニズムのような「原始宗教」、つまり、神のお告げを伝えたり、霊が憑依したりという現象については、そもそも近代社会では「正常」とはみなされず、精神疾患と重なる部分が多くなります。逆にいえば、かつては社会的な意味を持っていた、憑依や呪術などが、近代社会においては「精神病」という枠組みに囲い込まれてきたのだ、と考えることもできます。

シャーマニズムアニミズム(自然崇拝)などというと、どこか原始的なイメージがあります。宗教といえば、狭い意味では、キリスト教、仏教、あるいはイスラームが代表的です。これらは世界三大宗教というもので、世界中のほとんどの地域がこの三つの宗教文化圏に分類できます。

その中では、日本は意外に特殊です。仏教や神道という宗教はあっても、社会生活を行う上での道徳的な指針のようなものを示してくれるという色彩は薄いのです。私は仏教徒ですとか、私は神道を信じています、という言い方はあまりしません。日本人の宗教文化の基本にあるのは自然崇拝と祖先崇拝です。山や岩や木へのアニミズム的崇拝、これは神道の基本にあるものですし、日本で仏教といっても日常生活レベルでは祖先崇拝と結びついています。

日本の宗教文化の原型は、沖縄にもっとも色濃く残っています。沖縄というと、日本本土からみると、半分外国のような、東南アジアのような、というイメージがありますが、じっさいには、むしろ古代以前の日本文化のルーツが存在する場所です。仏教伝来、神道の組織化以前の自然崇拝、祖先崇拝、シャーマニズムが、おそらく世界でももっとも活発に行われている場所のひとつです。

来週は、最後にひとつ、私がタイの僧院で出家したお話をしたいと思います。出家というと浮世を捨ててしまうという感じで、驚かれるかもしれませんが、同じ仏教国だと思われているタイと日本を比べると、タイでは、仏教という宗教がほんとうに日常生活の中にある、と思わされます。

ふつうの人がふらりとお寺に行って瞑想をしたり、その延長線上で、出家、つまりお寺に住み込んで読経と瞑想の日々を送るということが、ふつうに行われています。そして、またお寺を出て街に戻ったり、行ったり来たり、そういう自由度があります。仏教、とくにタイやミャンマーなどの上座部仏教では、人間の外側に存在する神様を信じるのではなく、自分で自分の心を見つめ、自分の内部に真理を見出す、と考えます。

個々人の内部に真理があり、それがすべての人間にとっての普遍的な真理でもある、という思想は、近代的な個人主義・民主主義とも整合性が高く、タイのような社会でも、社会が近代化するほどに、逆に仏教が社会と一体化され、整備されてきた、という側面もあります。

なお、試験の代わりのレポート課題については、作成中です。もうすぐできあがります。あまり些末な知識を問うような問題にはしません。どうか、もう少々お待ちください。



CE 2020/07/19 JST 作成
CE2020/07/20 JST 最終更新
蛭川立