【講義ノート】「不思議現象の心理学」2020/07/24

不思議現象の心理学の授業も最終回です。最終回は、秋学期の「身体と意識」につなげていきます。「不思議現象の心理学」と「身体と意識」は別の授業ですが、同じようなテーマを別の角度から論じます。秋学期に「身体と意識」を履修する人には、「身体と意識」の予習になるように、「身体と意識」を履修しない人には、この一回で「身体と意識」がどういう内容なのか、その要旨を概観できるように、ざっとお話します。

「身体と意識」の概要

秋学期の「身体と意識」の授業計画は、まだ正確な日程は確定していませんし、ほんとうに教室で実施できるのかも確定していませんが、内容としては「身体と意識 西暦2020年度」のページに書いたとおりで、ほぼ、その内容を扱います。

以下には具体的なリンク先を示しませんが、それぞれのテーマの内容は、上の段落にある「身体と意識」の授業計画から辿れます。

「不思議現象の心理学」のほうが、外的、客観的な不思議現象を扱うのに対して「身体と意識」のほうが、内的、主観的な不思議体験を扱います。ですから、二つの科目は、相補的です。別々に履修できる科目ですが、両方履修すると、より立体的な理解が深まるでしょう。

たとえば「幽霊」を見た、というのは、外的な現象ですが、「臨死体験」をした、というのは、内的な体験です。ある人が亡くなるときには、本人は病院で臨死体験をしており、家族や友人は自宅でその人の姿を見ているかもしれません。

意識の諸状態

内的な不思議体験と言いましたが、具体的には「変性意識状態」を扱います。「不思議」とはいいましたが、そもそも人間が「意識」を持っていること自体が「不思議」なのだということには、「不思議現象の心理学」に通底するテーマでありました。

そしてこの人間の「意識」は、複数の「状態」をとることができます。そして、それぞれの「状態」に対応した「現実」があります。日常的な「意識の状態」に対して、それ以外の意識状態を「変性意識状態」またすべての意識状態を「意識の諸状態」ということもあります。わたしたちが暮らしている現実世界は、単数ではなく、多数あるのです。

睡眠と夢

現実世界が多数あるとはどういうことなのか、抽象論が先走りましたが、もっとも身近な変性意識状態は、寝ているときにみる「夢」です。「夢」の中にいるときは、「夢」という現実の中で過ごしており、しかも、これが日常的な意識の状態だと考えながら生きています。睡眠と覚醒の中間状態でも、特殊な夢をみます。とくに入眠時にみる夢のことを、入眠時幻覚、といいます。

こうした意識の状態は、もっとたくさんあります。同じ夢でも、「これは夢ではないのか?」と気づく夢は「明晰夢」と言います。睡眠状態にあって夢をみていない状態も、ひとつの意識の状態です。主観的な意識がないので、対応する世界もありません。昏睡状態も同様です。

臨死体験

昏睡状態なら戻ってこられますが、死はどうでしょう。脳をはじめとする身体の機能が失われるのですから、死は闇でしょうか。ところが、不思議なことに、死にかけてから戻ってきた人の体験、つまり臨死体験というのですが、天国のような平和な光の世界を体験するのだそうです。しかし、これは戻ってきた人の話ですから、本当に死の先へ逝ってしまった人は、やはり暗闇の世界に行くのでしょうか。

その他の偶発的な変性意識状態

通常の覚醒状態の中でも、意識の状態は変化します。感情が変化するごとに、目の前の現実は変わります。気持ちが明るくなれば、目の前の現実も変わります。気持ちが暗くなれば、目の前の現実も暗くなります。

美的体験や宗教的体験は、覚醒状態の中で起こる、もっとも特殊な意識状態ですが、それは、近代社会においては、問題にされないか、精神疾患とみなされます。

精神疾患とはなにかといえば、ふつうに生活するのには難しい精神の状態だと定義してもよいでしょう。気持ちが明るくなりすぎれば、躁病、気持ちが暗くなりすぎれば、うつ病、あるいは不安障害などと呼ばれます。存在しないはずのものが見えたり、その声が聞こえたりすれば、それは統合失調症と診断されるかもしれません。

精神疾患とみなされそうな意識状態でも、近代社会ではむしろ望ましいものとしては、スポーツや恋愛などがあります。スポーツへの極度の集中は、「ゾーン」などと呼ばれる、下の段落で触れるような、自己催眠や瞑想のような体験を引き起こします。精神的な恋愛と肉体的な性行為は相互作用ですが、とりわけ性的な絶頂感では、宗教体験に近い体験が起こることがあります。その多くは快の体験であり、それゆえ精神疾患とはみなされません。しかし、たとえば失恋をきっかけにうつ病になるかもしれません。

催眠と瞑想

意識の状態を意識的に変えることもできます。たとえば催眠がそうです。ふつう、他人の誘導を受け、意識はあるのにまた別の意識があるような、不思議な感覚です。自己催眠や瞑想は、一人で自分の意識を変えます。

ヨーガや坐禅などを含む瞑想は、自己催眠の一種とみることもできますが、偶発的にではなく、意識的に宗教体験を引き起こすものです。瞑想を極めていくと、未来が予知できるとか、人の病気が治せるようになるとかいう話もあります。それが本当なのかは研究が必要ですが。

向精神薬

さらに、化学的な方法として、向精神薬を摂取しても意識の状態は変わります。中枢刺激薬を服用すれば、日常の意識がより明晰になります。逆に、睡眠薬を飲むと、眠ってしまいます。精神展開薬という特殊な向精神薬を服用すると、意識が明晰なまま、夢をみるような体験をします。これは、明晰夢臨死体験とも似ています。

バーチャルリアリティ

さらに人工的なものには、バーチャルリアリティーVR)があります。アナログからデジタルまで、絵画や音楽、写真や動画は、人工的なVRです。平面的なディスプレイではなく、二つのモニタを入れたゴーグルを使って、立体視ができます。これで動画を見ると、かなり現実味のある、別の現実を体験することができます。この技術は急速に進んでおり、視聴覚に関しては、現実と区別ができないぐらいのVRも開発されつつあります。

心身問題・心物問題

これは「不思議現象の心理学」の哲学的なまとめとしては、科学と非科学の境界設定問題を扱いましたが、「身体と意識」では、精神と物質、精神と身体の関係、つまり「心身問題」「心物問題」という、もうひとつの哲学的問題にまとめていきます。

臨死体験者の多くが、死後の世界をかいま見てきたと言います、肉体が死んだ後も、精神だけが生き延びるのでしょうか。それとも、それは脳が作りだしている夢のようなものでしょうか。夢は、脳が作りだしている幻覚です。もしそうなら、覚醒時に見ている世界もまた、脳が作りだしている幻覚であり、すべては幻覚だ、という理屈も成り立ちます。

夢の中では、夢の中の身体で行動します。それなら、覚醒時の身体も、覚醒という夢の中の身体かもしれません。これも屁理屈でしょうか。しかし、ゲームの中のキャラクターに自己を投影するとき、それはゲームという仮想現実の中の身体だといえます。平面的なモニタであればともかく、VRの中に没入しているときには、あたかもVRの世界で仮想の身体を持って行動しているという錯覚を感じます。しかし、その錯覚を、錯覚と言える根拠は、どこにあるのでしょう。

期末レポート

期末レポートですが、自分が体験した、身近で見聞きした(知り合いの知り合いが、という、都市伝説のような、あやふやなものは除外)不思議現象について、その内容を記述しつつ、それを論理的に解釈する、という内容です。いまこの講義ノートのページに挙げたような、主観的体験でもかまいません。客観的か、主観的かというだけで、両者は重複しています。

すでに履修した人から、あの授業は何か不思議な体験を書けば合格らしいから、楽勝だと聞いて、この科目に登録した人もいるかもしれません。だからこの科目は履修者が多いのかもしれません。しかし、そうした体験を論理的に解釈することは、かなり難しい課題です。

不思議な体験談を書いてください、と問うと、じつは多くの人が不思議な体験をしていることがわかり、驚いています。たとえば臨死体験ですが、これは子どもから高齢者まで、一般人口の5%程度が体験していると言われますが、大学生ぐらい、20歳ぐらいの年齢でも1%ぐらいの割合で体験者がいるということは、驚きです。「不思議現象の心理学」や「身体と意識」のような科目を履修する人は、不思議な体験に興味がある人なのだから、偏りはあります。しかし、履修者数が千人にもなると、大きな偏りはないといえます。

これは、調べられているようで調べられていない現象の研究にも役立ちますし、今までの授業で履修者の皆さんから聞いた体験談をもとに、次年度以降の授業にもフィードバックしていき、授業の内容も、より充実していくという仕組みでもあります。(授業の内容は、ブログ上にアップしているので、卒業してからでもアクセスできます。)

なるほど、この科目では、細かい知識を問うて、細かく点数をつけたりはしません。細かい知識というよりは、不可思議な現象を、論理的に分析していく、そういう考え方を学ぶ科目だからです。(これは、科目の種類によって違います。たとえば、語学の授業は、細かい知識を丸暗記するしかないというところがあります。なぜこの名詞が女性形なのか?男性形なのか?なぜこの動詞がこんなに不規則に活用するのか?といったことは、そういうものだ、と思って暗記するしかないのです。)

考えかたを重視する科目ですから、昨年度まではすべて記述式で行ってきましたが、履修者が千人を超え、そのこと自体はとてもありがたいのですが、ある程度は、穴埋め式、マルバツ式、といった、客観的に採点できる部分も組み合わせる方向で、問題を作成中です。



CE 2020/07/22 JST 作成
CE 2020/07/24 JST 最終更新
蛭川立