【講義ノート】「身体と意識」 2019/12/11

前回の授業では、禅仏教の思想は、日本においては、哲学というよりはむしろ茶道や華道という芸術へと洗練されていったという話題に触れた。ことに禅仏教は「不立文字」などと言って、インド的な論理性よりも身体知を重んじる。だからこうした世界観は、じっさいに身体を動かして体得するしかないという性質を持つ。

森下典子の自伝的エッセイ『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』は、茶道を通じて成長していくひとりの日本人女性の姿を描いているが、そこではただ四季の循環が繰り返されるだけで、論理的体系的な人生哲学が示されるわけではない。茶の湯の師匠は、型と作法ばかりを教えるだけで、超越的な真理を体系立てて語ろうとはしない。タイトル自体がそうであるが、ところどころで謎めいた禅語が出没するのみである。


『日日是好日』予告 2018 年10 月13 日(土)公開
 

『日日是好日』樹木希林さんインタビュー

西暦2018年10月13日に公開されたこの映画の中で、師匠は「一期一会」という言葉について触れている。人と会うときには初めて出会ったように思え、人と別れるときには二度と会えないと思え、といった意味である。この賢女を好演した樹木希林は同年9月12日、まるで遺書を遺すようにして、公開の十日前に逝去している。

西太平洋諸島民としての日本人を論じた人類学者、ルース・ベネディクトは『菊と刀』の中で、日本文化は神秘主義を持たない、と論じているが、この映画がこのタイミングで撮影され上映されたこと自体が、日本文化における神秘主義なのである。

余談はさておき、半年の講義のまとめとして、哲学における心身問題(心物問題)へと話を進めていきたい。




2019/12/11 JST 作成
2019/12/20 JST 最終更新
蛭川立