【講義ノート】「身体と意識」2020/10/16

先週の授業の続きですが、すこし重複しています。

臨死体験

臨死体験というのは、死に瀕したときに、光の世界に行って、死んだご先祖様に出会い、また戻ってくる、といった体験です。それに先立って、体外離脱体験が起こることが多いのですが、臨死体験を、文字どおり、肉体が死んだときに魂が抜けて、あの世に行く、ととらえると、意識が身体を離れるのは当然のことです。

しかし、それは否定も肯定もできません。研究が進んでいないから、というよりは、それが、一人称的、主観的な体験だからです。そもそも、肉体から霊魂が抜け出したとしても、その霊魂は、どこに行くのでしょう。それは、雲の上や、地下のような、物理的な場所ではありえません。

私たちは、死の淵から生還した人から、臨死体験の体験談を聞くことができますが、それは、生還したからであって、本当に死んでしまった人からは、死んでいくときの体験を聞くことはできません。

誰もが、最後は死んでいくという体験をするでしょうから、そのときには、臨死体験者が語るような体験をするかもしれないし、しないかもしれません。(なお、いままで何万人もの研究が行われてきましたが、臨死体験者のほぼ全員が、天国、極楽のような世界に行ってきたといいます。しかし自殺未遂者だけは、地獄のような体験をしたという人の割合が多いのです。なぜなのかはわかりませんが、あるていど長生きしてから、老衰か、あまり苦しまない病気で逝きたいものですね。)

臨死体験の話をしていると、これは非常に興味深いテーマなので、長くなってしまいます。こんな話を長々としても、一部の特殊な人しか興味がないことかなと思っていたのですが、最近、この授業の履修者が増えてきて、情コミ学部だけでも8割ぐらいの人が受講しているようで、しかも、レポートで、授業で扱ったような体験で、自分で体験したことを分析してください、という課題を出すと、かなりの人数の人が、自分の臨死体験について書いてくれるのに、とても驚いています。一般人口の臨死体験経験者は、50人に一人ぐらいだといわれていますが、二十歳ぐらいの年齢でも、100人に一人ぐらいはいるようです。大学生ぐらいの年齢で、事故や病気など、とても大変な思いをした人が多いのですね。

家族や友人など、身近な人が体験をしている確率は、10分のⅠ以上でしょう。けっして特殊な問題ではないことがわかります。

瀕死状態から生還した人の場合は、約三割が体験するといわれます。体験しても忘れてしまう人がおおいことからすると、ひょっとしたらすべての人が死にゆくときに臨死体験のような体験をするのかもしれません。誰もが一回だけ死というものを体験するわけですから、誰もが少なくとも一回は体験する、そういう意味では普遍的な体験なのかもしれません。

臨死体験については、これはかねてよりブログ上の未完成記事「臨死体験」や、著書『彼岸の時間』の第一章「他界への旅」をはじめ、多数の場所で繰り返し議論してきましたが、逆に、まだ要領よくまとめきれていません。

臨死体験の映像資料

臨死体験についてはすぐれた映像資料が多数あります。とりわけ再現映像は、文字で読んで理解しようとするよりも、ずっと直感的にわかりやすいものです。

1990年代に立花隆によって構成されたNHKスペシャル臨死体験』は日本での先駆的な秀作でした。最近では同じNHKで2014年に放送されたBSプレミアム『超常現象』が、臨死体験をとりあげています[*1]。自作自演の映像作品『死生観の人類学』でも国際臨死体験研究学会の様子などを紹介しましたが、CGによる再現映像などを入れる予算はありませんでした。

海外のドキュメンタリーとしては、イギリスBBCの『驚異の超心理世界』(NHK教育テレビによる邦訳)や、近年ではDiscovery Channelの『Through the Wormhole』におさめられた「Is there life after death?」などがあります。SF映画というフィクションの中で臨死体験の内容を映像化したものとしては、もはや古典となった『Brainstorm』があります。また、やはりNHKで放映された『チベット死者の書』では、チベット仏教の経典に書かれている死と転生の体験がCGによって再現されています。

臨死体験研究の日本語論文

蛭川の研究室の大学院で学んだ岩崎美香さんが、日本語圏では先駆的な研究を続けてきました。いくつかの論文はWEB上で公開されています。

岩崎美香 (2011). 『旅として臨死体験ー日本人臨死体験者の調査事例よりー
岩崎美香 (2013). 『臨死体験による一人称の死生観の変容ー日本人の臨死体験事例から
岩崎美香 (2016). 『臨死体験後に至る過程ー臨死体験者と日常への復帰ー

岩崎さんは、臨死体験そのものよりも、臨死体験から生還した人の人生観、世界観の変化に注目して研究してきました。これは、とてもユニークな分析です。

事故や病気で死にかけてから戻ってくれば、人生観が変わるのは当然です。しかし、死にかけて臨死体験をせずに戻ってきた人が、これからはもっと命を大切にして残された人生を歩もう、と考えるのに対し、臨死体験をして戻ってきた人は、いずれは死ねば天国のような場所に行くのだろうけれども、それから肉体を持って生きている間は、精一杯生きよう、という、独特の人生観を持つようになるのです。

死後の世界があるかないか、それは死んでみなければわからないことですが、いずれにしても、どう生きるかは、これは現実に意味のあるテーマです。

臨死体験のメカニズム

臨死体験の脳神経科学的なメカニズムとしては、死が近づいて心臓から血液が行かなくなり、低酸素状態になった脳の神経細胞が死にそうになるときに、DMT(ジメチルトリプタミン)という物質が脳細胞を保護するために分泌され、そのDMTが光の世界にいるような体験を引き起こすというのが、有力な仮説になりつつあります。これは、私が人類学者として研究してきた、アマゾンの先住民族が使ってきた薬草、アヤワスカの作用と同じメカニズムなのですが(→「アヤワスカの生化学」)、この話はまた来週以降にします。



記述の自己評価 ★★★☆☆
(講義の補助のための覚書であり、大ざっぱな口語調です)
CE2019/10/17 JST 作成
CE2020/10/16 JST 最終更新
蛭川立

*1:『超常現象 1集 さまよえる魂の行方』。 www.nhk-ondemand.jpNHKオンデマンドで視聴できる。)