【講義ノート】「人類学A」2020/07/13

オンライン講義という変則的な事態の中で、いつの間にか今回も含めてあと三回になりました。教材ページの作成がいつも遅くなってしまい、恐縮です。

私的な体質ではあるのですが、どうしても夜は眠れなくなり、朝は起きられなくなってしまいます。

それで、一時期、ナイトホスピタルという入院をしたことがあります。ようするに、夜は病院で過ごし、朝起きて、そこから出勤して、夕方には病院に帰って来るという、それだけなのですが、それで早寝早起き生活を叩き込まれました。私も最初は半信半疑だったのですが、強制的な合宿生活に慣れてくると、自堕落な生活に慣れきっていた脳が鍛え直されるのを実感しました。

ところで、睡眠障害は、分類上は精神科の領域なので、入院も精神科の病棟になります。統合失調症うつ病の患者仲間たちと暮らす日々というのは、独特の社会学習になりました。精神科病棟などというと、偏見があるかもしれませんが、精神科病棟に入院している人たちは、脳が疲れて、脳の一部分が炎症を起こしているだけで、もともとは、普通の人たちです。そこは偏見を持ってはいけません。治療が終われば、普通の人として退院していきます。

ただ、ごくたまに、天才的な狂気という雰囲気を持っている人はいます。私は、ナイトホスピタル生活中に、偶然、前衛革命芸術家、草間彌生さんと出会いました。衝撃的でした。九十歳の現在に至るまで四十年間、病院で暮らしつつ、病院の斜め向かいに、病院よりも立派な自分の美術館を建ててしまったという、こんな人は、他に聞いたことがありません。

しかし、心を病めば創造性が高まるかというと、そうでもありません。ただ、精神病的な傾向と、学術・芸術(あるいは宗教)における創造性には、未解明の相関があります。詳しくは「精神疾患と創造性」を読んでください。

それはさておき、話を戻しましょう。先週は「人類の進化と大脳化」について扱いました。

それはハードウエア面での話ですが、ソフトウエア面では、人間の人間たるゆえんは、精神文化を持つことです。

もちろん、人間にとって道具や言語や社会は重要ですが、人間の特殊なところは、芸術や宗教など、生きていくのには必ずしも必要のない活動を発展させてきたところにあります。詳しくは「化石人類の精神文化」に書きました。芸術ということで美術、宗教ということで埋葬を例にとっています。(音楽や祈りのような行為は物的証拠を残しにく、研究しにくいのです。)

とくに洞窟壁画のことをとりあげましたが、そこから、現代の「オーストラリア先住民美術」へと話を続けます。オーストラリアには五万年以上前から先住民が住んでおり、先史時代の壁画から、都市での現代美術まで、同じ文化の中で連続性を持っている、とても特異な世界が発達してきました。そしてこのオーストラリアの先住民美術と草間彌生さんの絵がよく似ているのです。正直なところ、私は草間さんの絵が綺麗だとは思わないのですが、いや、むしろ不気味ささえ感じるのですが、そこに非常に原始的な衝動を感じます。ある種の狂気の爆発であり、爆発の裂け目から、先史時代の人間の想いが溢れだしてくる、そういう力を感じます。

精神展開薬(サイケデリックス)を服用したときに感じる世界とも似ています。色とりどりの模様を「サイケ」などといいますが、それは表面的な見えかたであって、その背後には、それを感じている、それを描いている本人の、溢れんばかりの、というか、溢れまくって手に負えないぐらいの創造性の爆発を感じます。



CE 2020/07/12 JST 作成
CE 2020/07/13 JST 最終更新
蛭川立