【講義ノート】「人類学A」2020/06/29

今週はまた臨場感あふれる口語体での仮想講義です。

大学生がアマゾンの薬草を飲んで救急車で搬送?

先々週、先週あたりから、南米アマゾンの先住民族が使用してきた薬草について、という話をしていたところですが、なぜか、その話と並行するように、とある大学の学生さんが、授業でもお話をした、アマゾンの薬草、アヤワスカという植物ですね、これをネットで、通販で買って、飲んで、救急車で運ばれたという事件が起きたそうです。いくつかの報道を見ると毒草を飲んで自殺しようとした、とも読めます。)

(追記:どうやら、事件の実態は、ある大学生が、うつ病になり、もう死んでしまいたい、という気持ちになり、そこで、ネット上でうつ病が治るという薬草、つまりアヤワスカを見つけて、飲んだら、治ってしまった、ということらしく、報道されている事実とは、逆です。)

いま、新聞社からの取材が来て、対応を考えています。

なにか事件が起きたときに、まだ実情がはっきりしていないうちから、実名や年齢や、どこの大学の学生なのか、等々、安易に口外したり、報道してはいけないと、そのことにも気をつけています。マスメディアは、逮捕された、とかいうと、すぐに実名で報道してしまうのですが、たとえ二十歳以上だったとしても、将来のある大学生の個人的な問題を、安易に公表してはいけませんね。

ネットの通販で、クレジットカード番号を登録しておけば、なんでも手に入る、便利な時代になったものですが、カードの暗証番号を乗っ取られたり、そういうセキュリティも問題ですし、こういう、怪しい商品にも気をつけなければなりません。

とくに、薬とかサプリメントとか、普通のものなら不良品だったで済まされますけど、口に入れるものは、気をつける必要があります。痩せる薬、などといって売られている薬に、じっさいには効果がなかった、というのならともかく、かえって身体の具合が悪くなったり、これは気をつけなければなりません。

事件が起きたのは何ヶ月も前のことだそうで、前々からすこし小耳に挟んでいたのですが、私の研究領域とも重なることなので、気になっていました、新聞の取材が来たのも、南米の先住民族が使っている薬草について、人類学的な専門知識を持っている人が他にいないのだそうです。(本当は、東京大学国立民族学博物館など、それなりにちゃんとした大学や研究所にも、詳しい先生は複数おられるのですが、先生がたはみなご多忙のようです。)


情報が錯綜していて、詳しいことはわからないのですが、そして、その事件自体は、事件に関わった大学生の人権上の問題もありますから、この授業で詳しくお話しする必要もないのですが、一般的な事実の背景は、時事的な問題しても、お話をしておこうと思います。ちょうど薬物乱用の話をしていたところでしたが、ネットでよくわからない薬を飲んで事故を起こすというのは、薬そのものが悪いのではなくて、知識がないのに一人で勝手に飲んだりするから、問題が起こるわけです。

ブラジルという社会

アヤワスカという薬草ですが、南米、とくにブラジルの社会では広く流通しています。

まずは、ブラジルという国のことを知る必要があります。私は、2004年、情コミ学部ができたばかりの年の、春休みと夏休みの期間に行き来しながら、ブラジルのクリチバという、ブラジル第三の都市にある、ベゼッハ・ヂ・メネゼス大学という大学で、研究員をしていました。


パラナ州クリチバはブラジル第三の高原都市

そのときに調べたことを、研究会で発表した資料があります。「ブラジルの最先端都市で混交する宗教文化【必須】」というタイトルで、大学のサーバー上に写真をアップしてあります。(ただ、これは研究会での発表のレジュメなので、口頭で補うことを前提にしており、要点しか書いていません。)

ブラジルの社会をひとことで言うと「ひとつの国にすべてがある」です。先住民族がいて、ポルトガル人を皮切りに、世界各地から移民が来て、日系移民もたくさんいます、それらが混じり合って、非常に多様な社会をつくっています。

多様性という意味では、アメリカやオーストラリアとも似ているのですが、アメリカでも、やはり西欧系の白人がマジョリティーで、人種のるつぼとはいっても、実際には混じっていません。それぞれの人種ごとに違う場所に住んでいます。しかし、ブラジルは本当に混じってしまっているという、多文化社会です。

ブラジルの多様性の特徴のひとつが、宗教の多様性です。ブラジルにはたくさんの宗教団体があって、共存しており、多くの普通の人たちが、複数の宗教団体に出入りしています。それが、普通の人にとって、当たり前のことになっています。ここでは、とくにブラジルの宗教文化について扱っていますが、宗教とか宗教団体というものの社会的な意味づけが、日本とはまったく異なります。

アマゾンの薬草、アヤワスカをも、ブラジルでは、宗教団体の中で使われています。外見はふつうの教会で、中ではアマゾンの不思議な薬草をお茶にして、歌って踊る、ということが、ふつうに行われています。陽気で、寛容な社会ですが、これは、日本にいると、なかなか想像ができないところです。

ウンバンダの動画

上記のリンク先の静止画は表示されますが、3の「ウンバンダ」の動画がうまく表示されないようです。私じしんが撮影したものですが、あらためてYouTubeのリンクを張っておきます。


Umbanda ritual (1)


Umbanda ritual (2)

ウンバンダというのは、西アフリカ系移民の宗教運動です。何をするのかというと、集団で踊るのです。歌ったり踊ったりという文化は、たぶんに西アフリカに由来します。

しかし、映像は教会の中です。イエスやマリアの像があり、基本的にはキリスト教ということになっています。しかし、教会の礼拝で集団で踊るというのは、やはりアフリカ的な要素です。

しかも、回転しながら踊るのは、これは、おそらくスーフィズムに由来します。トルコのイスラーム神秘主義です。ブラジルには西アジア系の移民も多く、そういう文化が混じっています。キリスト教の教会の中でイスラームの踊りを踊っている、これもブラジル的な寛容さ、混合文化です。

ウンバンダなど、個々のケースについて説明するだけでも長くなってしまいますが、つまり、ブラジルでは地球上の色々な民族の文化が大規模に混じり合っている、そういう場所だということです。繰り返しですが、アメリカでは異なる文化の共存が重要視されますが、キリスト教の教会の中でイスラームの踊り、という、混合は起こらないのです。

(今回の教材は、えらくまた口語的になってしまいました。ちょっと時事的な話題で、興奮してしまい、失礼いたしました。また授業の中で続報をお知らせすることがあるかもしれません。)



CE 2020/06/27 JST 作成
CE 2020/06/29 JST 最終更新
蛭川立