【講義ノート】人類学A 2020/06/22

6月22日ぶんの人類学Aの講義ノートです。

先週までは、世界各地の伝統文化で、脳神経系に作用する薬草や物質が、どのように使用されてきたのかについて、お話をしてきました。

今週は、当初の講義計画(→「人類学A 2020年度」)で、6月いっぱいで扱うことを予定していた、脳や神経系の構造や機能についての、基礎知識に戻って、お話をしたいと思います。(じっさいにお話をするわけではありませんが、授業時間は、教材の内容について、質疑応答をする、ということですね。)

この1ページだけは読んでください、というのを指定するとすれば、「神経伝達物質と向精神薬」(の前半だけ)【必須】です。画像が表示されないという不具合があるかもしれませんが、動画は見られると思います。見られない場合には、この
https://www.youtube.com/watch?v=_Ql_sFeK7nE
URLをクリックしてください。

脳の構造や神経伝達物質については、教材ページからもリンクを張っていますが、wikipediaのページが参考になります。
脳 - Wikipedia
神経細胞 - Wikipedia
神経伝達物質 - Wikipedia

あちこちのリンクに飛んでいって、好きな勉強ができるという意味では、Wikipediaは便利な情報源ですが、ただし、学術的な厳密さを欠くところがあります。小さな間違いがたくさんあります。しかし、図表などを見て、おおまかに理解するのには、役に立ちます。

それでも、高校で化学や生物を学んでいない人、受験科目で理科を選択していない人(ほとんどの皆さんがそうだと思います)にとっては、わかりにくいところがあるでしょう。

ただ、ここでは、だいたいのイメージをつかんでください。高校の教科書レベルまでさかのぼって説明するための余裕はないのですが、すみません、掲示板に質問を書き込んでもらえれば、基本的なことであっても、お答えします。

脳と神経の直感的イメージ

まず、みなさんの頭の中に入っている、脳という器官です。いつもの授業なら、模型をお見せするのですけど、私が模型を持っている動画は、情コミ学部のゼミ紹介のページ
ゼミナール紹介動画(問題分析・解決ゼミナール/3・4年生) | 明治大学
にあります。
youtu.be
これは、三年生からのゼミを選ぶときの参考映像です。東南アジアのインドネシアに調査に行っているゼミ生からの生中継です。私のゼミでは、海外に行って現地で調査をする人もいれば、本を読んで文献研究をする人もいます。

(ひょっとして、私がしゃべっているのを初めて見た人もいますか。三年ほど前に、だいぶ太っていたときに撮った映像なので、顔が丸くてお恥ずかしいですが、いまはダイエットをして、もうすこしスリムな小顔になりました。いまの顔は、このブログの右上に出てきますかね。それから、白衣を着ているのは、科学者や医者といったイメージの、コスプレというか、パフォーマンスでありまして、ふだんは着ていません。)

さて、改めて考えてほしいのですが、こういう脳という器官が、皆さんたち、一人ひとりの頭の中に入っているのです。その脳は、たくさんの神経細胞ニューロン)の集まりであり、ニューロンというのは、電線のようなもので、そこを電気が流れています。その電気の流れが、人間の思考や感情です。

コンピュータやスマホの中にも、細い電線がたくさん張り巡らされていて、そこを電気信号が流れることで、情報処理を行っています。脳とコンピュータは、よく似た仕組みで動いているのです。スマホでいえば、マイクが耳で、カメラが目で、スピーカーが口です。

AI(人工知能)は、コンピュータの性能が、人間と同じレベルになったものです。iPhoneのsiriなども、しゃべってみると、かなり賢いですね。

しかし、神経細胞神経細胞の間は、直接つながっているのではなく、すこし隙間が空いています(シナプス)。ここでは、電流ではなく、神経伝達物質という、物質が、情報を伝達しています。送り手の神経細胞に電流が流れているときには、シナプス神経伝達物質が放出され、受け手の神経細胞神経伝達物質を受けとると、受け手の神経細胞に電流が流れていきます。

神経伝達物質には、たくさんの種類がありますが、これは知っておいたほうがいい、というのは、ドーパミンノルアドレナリンセロトニン(5-HT)、GABA(γーアミノ酪酸)の、四種類です。このうちで、GABAだけは、神経の活動を抑制するという、逆のはたらきをします。

向精神薬はどのように作用するのか

向精神薬は、シナプスにおける神経伝達物質の代わりをしたり、その量を増減させて、精神状態に作用します。

たとえば、カフェインやメタアンフェタミン覚せい剤)は、ドーパミンノルアドレナリンの量を増やします。だから、眠気が覚めて、元気になります。カフェインも覚せい剤も、どちらも同じような物質です。というと、皆さん、驚くかもしれません。

では、覚せい剤はなぜ怖いのでしょう。その理由としては、いきなり注射をするからであり、それが暴力団の資金源になっているという、社会問題とも結びついているからです。どんな薬でも、いきなり血管に注射するのは、とても危険です。

いっぽう、精神展開薬のことは、すでに紹介しましたが、南米、アマゾンで使われている、アヤワスカに含まれるDMTや、中米の先住民が使っている「マジック・マッシュルーム」に含まれるシロシビンなどです。これらは、シナプスにおけるセロトニンの量を増やします。その結果、脳が特殊な興奮状態になり、トランス状態に入ったり、目覚めているのに、目を閉じると夢のような世界を見たりします。大麻やその主成分であるTHCも、弱い精神展開薬です。

幻覚が見える薬というと怖いのですが、夢を見るような感じです。夢は、幻覚で、内容も支離滅裂ですが、だからといって精神が異常になったわけではありません。朝起きれば、だいたい忘れてしまいます。

それから、GABAのように、神経を刺激する物質としては、睡眠薬があります。カフェインとは逆に、神経のはたらきが抑制され、眠くなります。睡眠薬というと怖いもののようですが、いまの睡眠薬は、たくさん飲んだら死んでしまうようなものではありません。

たとえば、GABAが入ったチョコレートなどがふつうに売られています。

これも、睡眠薬と同じはたらきをするものです。食べると、脳の興奮が静まり、心がリラックスします。飲みすぎても眠くなるほどではありませんし、ましてや意識不明の重体になることはありません。そんなものは、ふつうのコンビニでは売ることはできません。

南太平洋で使われているカヴァ、その成分であるカヴァインも、そしてお酒のエチルアルコールエタノール)も、この系統の薬物です。

エチルアルコールは独特の作用を持っています。飲むとまず、理性的な部分が眠ってしまい、しかし感情的な部分は活動し続けます。そのときに、理性の抑圧がとれて、楽しくコミュニケーションがとれることもあるし、怒りっぽくなったり、暴力を振るう人もいます。

お酒を飲んでしばらくすると、脳の理性的な部分も感情的な部分もぜんぶ眠ってしまいます。お酒も飲み過ぎると、最初は楽しいのですが、最終的には意識を失って倒れてしまいます。眠ってしまうというよりは、意識不明の重体になることがあるので、睡眠薬よりも危険です。

こうした内容は、文化人類学社会人類学の範囲外です。自然人類学では、脳の進化というテーマは扱いますが、脳や神経系の細かいことは扱いません。しかし、脳神経科学の基本は、どの学問分野にとっても、基本であり、あるいは、一般教養だともいえます。

大学での勉強について(補足)

この授業では、いわゆる「麻薬」や「ドラッグ」のような、微妙なテーマも扱っていますが、もちろん、遊び半分で取り上げているわけではありません。むしろ、皆さんには、正しい知識を身につけてもらいたいと思っています。

中学や高校でも、薬物乱用をしないように、という授業があったかもしれませんが、それは、どのような薬物が、どのようなメカニズムで、どのように身心に悪影響を及ぼすのか、あるいは、使いかたによっては、病気を治したり、良い使いかたができるのかについて、詳細を学ぶことはありません。あるいは、お酒やコーヒーも過度に摂取すれば有害なのですが、それが日本の文化という文脈で論じられることはありません。

このようなことを長々と書くのは、高校までの勉強と、大学での勉強は、違うのだということを、強調したいからです。

高校までの勉強は、すでに知られていることを学び、ともすれば、それを暗記するだけ、ということで終わってしまいがちです。もちろん、基礎的な知識を覚えて身につけることは大事なことです。

しかし、大学での勉強というのは、高校までで学んだ知識にもとづきつつも、まだ研究の途上にあって、はっきり答えが見つかっていない問題について、すぐには答えの出ない問題について、批判的に学んでいく、ということが大事になってきます。

この授業では、当初の講義計画の順序を入れ替える形で、現在の新型コロナウイルス感染症というテーマについても扱いました。これは、人類学という学問の枠組みを超える問題かもしれませんが、いま現在起こっていて、社会的に大きな問題になっており、解決策が模索されている、そういう、すぐには正解の出ない問題を、多角的に、冷静に考えていくということもまた、大学での勉強の特徴と、その重要性を知ってほしかったからでもあります。

この授業の議論の中では、客観的な事実と、私の個人的な意見が混じってしまっているところがありますが、それも、批判的にとらえてほしいと思います。つまり、私が授業でお話したことを、無批判に覚えて、試験で良い点数をとればよい、ということではなく、私の話もまた「この先生の言っていることは間違っているのではないか」「他の先生の言っていることと違うが、どこが違うのだろう」という、批判的精神を持って聞いてほしいですし、そして、なにか疑問があれば、どうか、遠慮なく意見を言ってください。双方向的ディスカッションという方式で授業を行っているのは、そのためです。

今年は掲示板方式の授業にしたことで、これは予想外のことだったのですが、講義形式の授業よりも、議論が活発になりました。二年生以上の皆さんは、ちょっと驚いているかもしれません。(私も驚いています。)一年生の皆さんは、入学早々、大学内での授業が受けられないという困った状況の中で、しかし、上級生の人たちといっしょに議論ができる、良い機会に恵まれたともいえます。

(リンク先の画像が表示されないという不具合は続いていますが、修復作業を進めています。)



CE 2020/06/21 JST 作成
CE 2020/06/22 JST 最終更新
蛭川立